日産婦の拡大方針に複数の学会が「暴走」と批判

日産婦の拡大方針に複数の学会が「暴走」と批判

今年3月に拡大の方針が報じられたばかりの「新型出生前診断(NIPT)」を巡り、思わぬ〝待った〟がかかった。日本産科婦人科学会(日産婦)の拡大方針に対して複数の学会が異を唱え、厚生労働省が仲裁に乗り出す事態となったのだ。これまで「命の選別」に繋がる生殖医療には消極的な関わりで通してきた国の方針転換に、国の積極的関与を望んでいたアカデミア側からは歓迎の声が上がるが、果たして厚労省が〝名奉行〟となれるかどうかは未知数だ。

NIPTは妊婦の血液から胎児の染色体異常を調べる新しい出生前診断で、国内では2013年に日産婦や日本医学会、日本人類遺伝学会など5団体の了承の下、臨床研究で開始された。NIPTで調べるのはダウン症、18トリソミー、13トリソミーの3種の疾患に限り、仮に染色体数の異常が指摘されれば羊水検査などを行った上で確定する。妊娠10週前後という比較的早期から検査でき、採血は妊婦の体への負担が少ないことから、高齢出産が増える中で需要が高まっていた。

ただ、臨床研究として行うことから、専門家による遺伝カウンセリングを受けられることや小児科医と産婦人科医が常勤することなどの条件をクリアした、日本医学会が認定する施設でのみ行えることとした。また、検査を受けられる妊婦の年齢に制限を設けるなど条件を課した。その結果、臨床研究としてNIPTを行える施設は直近で92施設に留まっている。

ところがだ。「NIPTは各施設で染色体検査をするわけでなく、血液は専門の検査機関に送られる。つまり、採血さえできればNIPTはどんな医療機関でも行えるのです」(全国紙記者)。NIPTの需要は高く、自由診療であるため値段も医療機関が自由に決められる。そのため、医学会の認定を受けずにNIPTを実施する医療機関が現れ始めた。「遺伝カウンセリングもなく、ただ検査結果を渡された妊婦が途方にくれる事態も起きていた」とこの記者は語る。日産婦は条件を守らない会員を処分できるが、採血だけという簡便さから産婦人科でない他科の医療機関が参入する例もみられ、この場合は一学会では手出しできない。

倫理的な問題も顕在化した。日産婦関係者によると、13年4月の臨床研究開始から5年半で6万人を超える妊婦がNIPTを受けた。このうち、病気があると分かった約890人の9割は人工妊娠中絶をしている。つまり、事実上「中絶のための検査」としてNIPTが使われているのだ。

小児科学会や人類遺伝学会が反発

「病気があっても生むという妊婦は、そもそもNIPTを受けない。NIPTとその後の羊水検査で病気が確定したら、生むまでの間に様々な準備ができる。そのために検査を使うのが本来の主旨だったのに、実際には命の選別に使われてしまっている」と別の全国紙の科学部記者は指摘する。高齢になればなるほど染色体数の異常の可能性は高まるが、認定施設での検査が予約がいっぱいで受けられず、やむを得ず別の施設で受ける妊婦もいるという。

「他科の〝金儲け〟の手段にされるくらいなら、条件を緩めて産婦人科でしっかりと行うべきとする意見が日産婦では強かった。その結果、日産婦は今年3月、研修を受けた産婦人科医が1人いればNIPTを実施できるよう条件を緩和した新指針案を公表した」(科学部記者)。小規模の産科医院であっても参入できるようにし、施設を認定する主体も日本医学会から日産婦に改めるなど日産婦が主体となって検査を拡大していく方針が図られた。

ところが、新指針案に日本小児科学会や日本人類遺伝学会などからの反発があがった。13年のNIPT導入当初から取材をしてきた全国紙記者は「羊水検査や超音波など産婦人科医が行う出生前診断に比べ、NIPTは当初から他科が参入する恐れが指摘されていた。そのため、日産婦はNIPTを導入するに当たり、医学会全体として取り組んでいくという意志表示の意味も込めて施設の認定機関として医学会に関わってもらった」と振り返る。

遺伝専門医の資格を持つ小児科医または産婦人科医が常勤することなどを条件に掲げたのには小児科を抱き込む意図もあった。しかし、新指針案ではこうした他科や他学会との連携が解除された。こうした姿勢に「日産婦の暴走だ」と他学会からの批判が高まったのだ。「外された形となった日本小児科学会、日本人類遺伝学会からは、新指針案に対して『他職種連携』『遺伝カウンセリングの横断的な実施』を求める声が上がった。日本医学会もこうした関連学会の了承を得ることを日産婦に求めた」(日産婦関係者)。

一方の日産婦にも言い分はある。「せっかく医学会全体で連携して厳しく条件を絞って実施していたのに、指針に従わない医療機関に対して医学会は実効的な対策を打ってくれなかった」(同関係者)。他団体の当事者意識の薄さが批判されたわけだ。「日頃、妊婦と接している産婦人科医が一番、NIPTの需要を分かっている。もし胎児の病気が確定して人工妊娠中絶するとなっても、それを行うのは産婦人科医。だからこそ日産婦が主導してNIPTをどう進めるかの方針を決めるべきだと思う」と不妊治療を行う関西地方の産科医は日産婦の方針を支持する。

「現場任せ」の厚労省が「調停役」に転換

こうした学会同士の不協和音に、調停に乗り出したのが厚労省だ。日産婦が新指針を正式に決める直前、検討会を設置して要件などを議論することを決めたのだ。「命の選別」に繋がる様々な課題についてこれまで〝現場任せ〟を貫いてきた国の突然の方針転換に、日産婦関係者は驚きを隠せない。ただ「国が調整役となって方針を決めてくれるのは良いこと。一学会にルールづくりと運用を任せる方法にはもう限界がある」(前出の産科医)と多くの関係者はこの動きを歓迎する。各学会や患者団体などの当事者も含めたメンバーによる検討会が近く設置され、議論が始まる予定だ。

一方で、小児科医からはこんな冷ややかな声も上がる。「NIPTの主導権を他科に取られたくない日産婦と、認定遺伝カウンセラーを認定する遺伝学会、そもそも子どもが生まれなければ成り立たず難病の子どもの支援に当たる小児科学会の〝学会同士のシマ争い〟に見える。日本は病気を持つ子どもや家族への支援が遅れており、そこを強化するのが国の役割だ」

出生前検査について国が議論するのは、1999年旧厚生省が母体血清マーカーの慎重な実施を求める見解を出して以来、20年ぶり。この20年で生殖医療や遺伝子研究は急速に進んだ。胎児の病気が分かる技術が進む一方で、母体保護法は胎児の異常を原因とした中絶を認めていない。国はこの〝矛盾〟に切り込めるのか、厚労省の調整力に注目が集まっている。

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