
父も母も祖父も医師。私は開業医の家庭で育ちました。小学校から帰ってくると、遊びに行くのはクリニックや、実家が経営していた老人ホームでした。入居しているお年寄りは、『先生の孫が来た!』と一緒に遊んでくれました。
医者になることが決められているような環境でしたので、小学校から受験勉強一色のような毎日を送っていました。
医学生になった私にとって、医者としての理想像となったのは祖父でした。
祖父は、朝8時半から夜8時まで診療をしていました。80代になっても『患者さんのため』と、その生活を続けていました。
まだ医学生だった私にも、祖父が患者さんたちから信頼されているのはよくわかりました。そういう医者になりたいと思うようになりました。祖父が80代半ばで亡くなったのは、私が医者になった年でした。急に肺炎を発症し、亡くなったのです。葬儀で泣いている患者さんたちの姿をみて、祖父がいかに地域の医療に貢献していたかを実感することができました。
NIPTについては、ずっと知りませんでした。少し言い訳をすれば、私が大学5~6年生のときの教科書には、NIPTのことはまったく載っていなかったのです。医師国家試験には、実臨床が始まって5年経過したら出題されるという暗黙の了解があります。私たちの年代では、NIPTは出題範囲に入っていなかったのです。私の世代やもっと上の世代の医者だと、知らない人も多いだろうと思います。現在の教科書にはちゃんと載っているようなので、若い世代の人たちは心配ありません。
私は、出産する前に、知ることができるすべてを知っておくことは、いいことだと思っています。その上で、お母さんと家族で判断するのが良いと思います。
私は内科医として大学病院でも診察していますが、専門が内分泌・代謝なので、ダウン症の患者さんが甲状腺機能低下で通院してくるのを診察することがあります。他にも、ターナー症候群という性染色体異常の患者さんが来院したり、聞いたこともないような病気の人が来院したりすることもあります。
染色体の異常を持って産まれた赤ちゃんの30年後40年後の姿を目にする機会も多いのです。その経験をもって、アドバイスできることもあります。
望んだ未来であればいい、という意見があります。親が「あなたが生きていることが価値あること」と納得しているのならそれでいい、という意見があります。
NIPTは、母体にとっても胎児にとっても安全な検査方法です。その検査を用いることで将来の予測が少しでも出来るかも知れません。であれば、お母さんとして、家族として、それを知るべきだと思います。情報をすべて教えられた上で、お母さんや家族が判断するのがベストだと思っています。
すでに検査を受ける何人もの方とお会いしてきました。皆さん大きな不安を抱えて、検査を受けにきているのでしょう。中には手がふるえている人もいるくらいです。当然、こちらも心を引き締め対応するよう努めています。検査を受ける方からの質問には、100%の答えを渡さなければと思っています。どうぞ何でも聞いてくださいと言っているのですが、それは不安を少しでも減らしていくために必要だと考えるからです。内科的なことや一般的なことであれば私が対応します。遺伝子の専門的な知識が必要であれば、遺伝子に係わる先生に答えて貰いましょう。産科に関わる質問に対しても同様です。
当院の受付には、いつも優しい空気が漂っています。ベテランのお母さん達が醸し出す雰囲気です。先日、検査を受けにきた患者さんが3歳くらいの男のお子さんを連れていたのですが、なかなかのやんちゃ坊主で、待合室で大声を出して走り回っていたことがあります。私はその子のお母さんと診察室にいて、これは困ったなと思っていたのですが、しばらくすると騒ぎはおさまり、その後は静かに診察が進みました。診察が終わってわかったのですが、実は受付のスタッフが、そのお子さんのお相手をしていました。採血も終わったのに、その子は「まだ帰りたくない」と言っていました。どんな患者さんでも安心して下さい。
お母さんの悩みにつまらないことなどありません。何でも相談して下さい。